秀吉に学ぶ処世術 吉川英治の新書太閤記を読んだので感想を書く

私は歴史小説が好きで司馬遼太郎の作品は数多く読んできました。そんな折に青空文庫をたまたま見ていると吉川英治の作品が人気ランキングに組み込まれていました。実は歴史好きでありながら、私は恥ずかしいことにこれまで彼の存在を知りませんでした。

さっそく短編の上杉謙信を読んでみるととても面白く、次は長編に挑戦しようということで新書太閤記を読み始めました。第一巻を読み始めたのは昨年の秋頃でしたので第九巻まで読破するのに半年近くもかかってしまいましたが、ようやく終わったので感想を書きます。

新書太閤記の感想

新書太閤記で描かれるお話

新書太閤記の主人公は豊臣秀吉です。実際に豊臣秀吉と名乗るところまでは残念ながら小説では描かれないため、私の中では「木下藤吉郎」という呼び方が一番しっくりきます。

物語は藤吉郎が幼少の頃、貧しい暮らしをしていたところから始まります。その後、生まれ故郷を離れ浪人をしているうちに蜂須賀小六や明智光秀と出会います。浪人時代の最後に、当時ばか者扱いをされていた織田信長に可能性を感じ仕官するという展開です。

そこから先は織田の家中で次々と出世を果たしていくのですが、毛利攻めの最中に明智光秀による本能寺の変が起こります。先の展開は歴史的にも有名ですが、毛利とすぐに和睦し中国大返しの末、明智光秀を滅ぼします。そして清洲会議を経て実権を握ることに成功すると、織田家の重鎮である柴田勝家との不仲が決定的になります。新書太閤記は、この柴田勝家と決戦をする賤ヶ岳の戦いに秀吉が勝利するところで終わりとなります。

秀吉の天下統一は、北条家と戦う小田原城攻めで完成するので、もう少し先の展開も気になるところではありましたが、吉川英治が亡くなる寸前に当小説を書いていたため駆け足での執筆となってしまったそうです。

 

一貫して描かれていた秀吉像

この小説では秀吉の世渡りの上手さがよく描かれています。信長は気難しい性格をしており、自分の許可を得ず部下が勝手に行動することを好みません。秀吉はあらかじめ9割以上の準備をしつつもそれを表には出さず、最後になってから相談という形で信長に報告をします。そのため信長の気分を害することなく、結果を残すことに成功しているようです。また、毛利攻めの際はしつこいまでに報告の密使を走らせている様子が描かれています。これも総指揮官である信長が、自分の行動のすべてを把握できるように行っていたことのようです。現代でも仕事の基本として報連相が挙げられますが、秀吉はこれが抜群に上手かったということが大変よくわかりました。

全編通して描かれていたのは、秀吉のこのような処世術に関する部分だったのかなと私は思っています。他にも秀吉といえば情に厚いイメージが一般的にあると思いますが、母親や妻の寧々への愛情という点に関してこの部分がよく現れていました。そして信長の冷酷さとの対比として、秀吉による家臣や農民への優しさがより際立っていたなと思います。

 

この小説では描かれない部分

この時代は様々なことが起こっており全てを小説に書くのは困難だと思います。それでも新書太閤記ではかなりの部分をカバーしていると私は感じています。斎藤道三と織田信長のエピソードも載っていますし、武田信玄の上洛開始や武田勝頼の滅亡も描かれています。とくに武田勝頼が次々と裏切られ滅亡していくシーンは涙なしでは読み進められません。ただ、私が一番扱いが小さく感じたのは明智光秀の部分です。

明智光秀は美濃に居たころに浪人時代の秀吉と遭遇したエピソードは描かれるのですが、次に気が付いたときには織田家の家臣として突然登場します。明智光秀は足利家の終焉に深く関わるのですが、その点もあまり描かれません。そのため本能寺の変に向かっていくまでの明智光秀の心情については、描写が少し物足りなかったと感じています。

もちろん主人公は秀吉なのでそこまで描く必要もなかったのでしょうが。

 

 

新書太閤記はとても長いのですが、その分読み応えがあります。歴史好きにはおすすめの一冊なのでぜひ読んでみてください。