大河ドラマ「おんな城主直虎」がつまらないと批判されているようなので私の感想を書く

今年の1月から放送されている大河ドラマ「おんな城主直虎」。様々な雑誌やインターネットニュースで酷評されているようですが、実際に現在まですべての話を視聴している私の感想を書きます。

 

天虎~虎の女 (TVサイズ)[テーマ音楽]

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幼少期はいまいち

まず大河ドラマの特性なのですが、主人公の幼少パートは基本的におもしろくありません。これは直虎に限らずどの大河ドラマでもそうです。ただしこの部分を見ていないと後々の話がわからなくなったり、成長してからの考え方に影響してくる部分があるので我慢が必要です。例えばタッキーが演じた源義経も、幼少期に平清盛のもとで育った描写があったからこそ、後々の源平間の関係に面白味が出ていたわけです。おんな城主直虎は幸い幼少パートが数回で終わったので、そのような意味で私はその後に期待していました。

その後もいまいち

しかしその後も一向におもしろくなりません。今川義元と織田信長が激突する桶狭間の合戦にはとても期待したのですが、なんとオープニング前のナレーションで今川義元が滅びるという展開。その後の放送内容も直虎のかつての許婚をめぐるちょっとした争いなどに終始しています。ではなぜこのようなことになったのでしょうか。

 

つまらない理由を考察する

女性であることを主張しすぎである

柴咲コウが演じる直虎は、女性なのに城主であることが目新しさとなっています。しかし、あまりにも「おなご、おなご」と主張しすぎるために視聴していて冷ややかな気持ちになることがあります。近年は男女共に活躍の場が広がってはいますが、やはりかつての日本は男性社会であったはずです。女性に焦点を当てたい気持ちはわかりますが、せめて大河ドラマだけは男臭い作品に仕上げてもよかったのではないかと思います。がんばる女性の姿を描くのは、朝のテレビ小説でよいではないですか。

ほぼフィクションなのに話が膨らまない

井伊直虎に関する記録はほとんど残っていないようです。放送直前には、直虎は実は男だったという学説もあるということで少し騒がれていましたね。そのため本作品はほぼフィクションとなっています。柳楽優弥が演じる盗賊も実在の人物ではないそうです。私はほぼフィクションにするのであればそれはそれでよいと思っています。例えば昨年放送された真田幸村においても、茶々と幸村が実は惹かれあっていたという展開は実際にはなかったそうです。それでも作品としてそのほうがおもしろくなるのであれば、そのような脚色は良いと思います。しかし、直虎ではその脚色もいまいち盛り上がりに欠けます。フィクションにするのであればもっと突き抜けた展開が欲しいところです。

(追記2017年6月4日)

盗賊の件もいったいいつまで続くのでしょうね。大河ドラマの恋愛話もそれほど好きではありません。かつて市川海老蔵が主役だった武蔵も恋愛要素が多すぎて退屈だったことを記憶しています。

話の規模が小さすぎる

最も問題なのがこれです。直虎が生きていたのは織田の台頭から本能寺の変までという、歴史的には極めて面白い時期です。しかし井伊家はこれら外部の情勢に主立って関わりません。さらに関わったとしても”直虎が”関わるわけではありません。直虎の周囲でなにかが起こったとしても、それは直虎が具体的に関与するわけではないのです。つまりこの作品の主人公が直虎である必要はあるのか?という疑問すら湧いてきます。井伊家にスポットを当てるのであれば、井伊直政でよかったのではないかと思います。また井伊家の揉め事にしても規模が小さく、そもそも登場人物も多くありません。

 

以上が半年ほど視聴した私が感じていることです。これから武田と今川が険悪になっていく段階ですが、直虎が関与していき話が盛り上がっていくことを期待しています。